2012年1月3日火曜日

cero『WORLD RECORD』



ceroという名はずっと昔に聞いたことがある、気がする。cero。彼らとは同じ空気を常に吸っていた。そんな気がする。contemporary exotica rock orchestraの略で、cero。

和歌山出身の友人にこんなことを言われて、はっとしたことがある。「君の好きな音楽は『郊外の音楽』だよ」と。そうか。その通りだ。

あるいは冗談でこんなことを言っていた人がいる。「23区外は東京の『植民地』だよ」と。

彼らの音楽が物語るのは東京の西、あるいは東京の周辺(埼玉だって千葉だってどこだっていい.そこは中心じゃない)、つまり再開発によってめちゃくちゃにされたベッドタウンで生きる(あるいは生きた)私たちの音楽だ。私たちに与えられたかけがえのない生きる時間を、かけがえのない労働力を下らない銭に変換し、その日その日を何とはなしにやり過ごす私たちの音楽だ。ceroが描くサウンドスケープはそんな風だ。


cero - 21世紀の日照りの都に雨が降る_100623



ceroの「入曽」という曲を聴いてみよう。気づけばほら、「ここは衛星都市」だ。「ネオンぴかぴか パチンコ屋」が駅前で幅をきかせている。早朝にはその前で右翼の街宣車が悪態を吐いているだろう。「東京」はさぞかしエキゾチックなところだろう。なにせ「ここから東京まで行くならショート・トリップ」だから…。

ここはどこなんだろう? ここは東京? 東京の灯りは遠くに見えたけれど、大停電で灯りも見えなくなってしまった…。


cero / 大停電の夜に - PV



ceroの産み落とした名盤『WORLD RECORD』にはそんな微かな政治性と、微かな抵抗の源が刻まれている。少なくとも私にはそう聴こえる。ナイーヴではいられない。

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